口腔内観察にライトを使ってみませんか?
昔々、介護保険法が制定される以前のことです。老人保健法における、訪問口腔ケアの依頼をされました。歯科医院では普通に仕事ができていた私でしたが、訪問して相手の土俵に上がって行う仕事は、戸惑うことだらけでした。というか、土俵にすら上がれず、玄関先で立ち往生することさえありました。そんな私を一から指導して下さったのが、同行訪問していた保健師さん、看護師さん、介護士さん、ヘルパーさんでした。
訪問の達人たちは玄関からすでに観察を始めており、「赤ちゃんの靴があるから、今日はお孫さんが来とんやなー。たいてい○○さんの機嫌がいいよ。」とか、畑の畝を見て「几帳面な方やろうなー」と情報を下さるのです。また、私が全く気に留めないような皮膚のわずかの赤みを発見して、「こういうのは、褥瘡になるかもしれないから、気を付けないといかんのよ。」といった具合でした。こちらも訪問の回を重ねるごとに、門前の小僧よろしく、まったく目にすら入ってこなかったことが、大切な情報として理解できるようになってきました。
ところが、私たち歯科衛生士が見逃さない口腔内の汚れに関しては、皆さんことさら気に留めていなかったのです。あれほどの観察眼をお持ちの皆さんがなぜ?不思議でした。どうしてだと思われますか、私も最初はわからなかったのですが・・・
なんと、口の中を見ていなかったのです。いえ、正確には「あーんしてください」と言っているのですが、ライトを使っていなかったのです。歯科医療従事者は日常の診療で、明々とライトを当てて、口腔内を白日の下にさらします。歯の裏側は、ライトの光を歯科用の丸い鏡で反射させて明るくするのです。しかし、他職種の方は、ライトで口腔内を照らす習慣がなかったのです。それに加えて、見られるほうも慣れていなかった時代でした。訪問先の90代の女性は、おむつ交換にはさして抵抗がないご様子なのに、口の中を覗かれるは「ふーがわるい」と言って手で口を覆い嫌がりました。
看護学校でのはじめての口腔ケアの授業をした時のことです。準備物にライトをお願いしていました。ところが、用意されていたライトは瞳孔測定用の薄暗いもので、口腔内の観察には不向きでした。「ライト」といっても職種が異なると、イメージするものが違うことに改めて気づかされた経験でした。あれから30年・・・介護保険が始まり口腔ケアの重要さが一般の方にも大切だということが浸透してきた現在では、笑い話です。と言いたいのですが、残念ながら、そうはなっていないのが現状です。口腔ケアのセミナーではいつも「ライトを使って口腔内を見ている方」と伺うのですが、手を挙げて下さるのは1割未満といったところです。
では、左の写真を担当利用者さんの口腔内だと思って見てください。いかがですか?
暗くてよく見えませんね。ここで、ライトを当てればどう見えるでしょうか。それが右側の写真です。お口の中がはっきり見えます。こうして汚れが確認できれば、口腔ケアがケアプランに盛り込まれるのではないでしょうか?!これからは是非、ライトを仕事の必需品に加えてください。口腔内をライトで観察することが、ケアマネージャーさんの常識になると嬉しいです。
さて、口の中が見えたところで、口腔ケアを実施するには汚れの仕分けが必要です。この写真だと、まず【舌苔】【食べかす】の清掃が必要だとわかります。