熊本地震で大きな被害が出た益城町と高森町の避難所で、九州8県の歯科医師会でつくる「九州地区連合歯科医師会(九地連)」が口腔(こうくう)ケアに当たっている。避難所では、洗面台不足などでこまめに歯磨きがしにくい状況があり、口の中が不衛生になると、細菌を多く含んだ唾液や食べ物が気管に入って起こる「誤嚥(ごえん)性肺炎」にかかる危険性が高まるという。歯科医たちは歯ブラシを配ってケアを促したり、避難所の臨時診療所で患者を診たりするなど、被災者の健康維持に奔走している。
「入れ歯の調子はどうですか?」。益城町の町総合体育館に設けられた臨時診療所。ジャンパー姿の鹿児島県歯科医師会の上橋陸海(むつみ)さん(66)が高齢の女性に優しく問いかけた。
九地連のメンバーは、4月14日の地震発生から9日目には高森町、13日目は益城町に入った。九地連は被災地を素早く支援するために「災害時相互応援規則」を今年2月に設けたばかりで、早速支援に生かした。
佐賀、鹿児島、長崎、沖縄の4県が益城町を、宮崎、福岡、大分の3県が高森町をそれぞれ担当。各県が各1週間交代で歯科医師と歯科衛生師計8人を派遣し、両町の指定避難所を回るなどしている。
益城町内で歯科医院を営みながら、九地連の派遣メンバーの調整役を担う河端憲司さん(65)は「自分の医院も片付けられず放心状態の時に支援に来てくれ、心強い」と感謝する。
東日本大震災の被災地では、誤嚥性肺炎で亡くなる高齢者が目立ち、避難者の口腔ケアの重要性が指摘されてきた。上橋さんは「歯磨きは後回しになりがちだが、避難生活が長引くほど誤嚥性肺炎のリスクが高まるので、ケアの重要性を伝えていきたい」と話している。
一方、県歯科医師会の歯科医師らのチームは、上益城、阿蘇地区の避難所を巡回して口腔ケアなどを行っている。
=2016/05/18付 西日本新聞朝刊=
地震で助かった命を失いたくない-。生まれ育った熊本県南阿蘇村で被災者を訪ね歩き、歯磨きなど口腔(こうくう)ケアに奔走する女性がいる。歯科衛生士の村本奈穂さん(33)=同県阿蘇市。口の中が不衛生になれば、誤嚥(ごえん)性肺炎を発症して命を落とす危険もある。村本さんは歯ブラシを詰め込んだリュックを背負い、きょうもがれきの街を駆け回る。
「この前より歯茎が元気。歯もグラグラしなくなったね」。5月中旬、南阿蘇村の黒川地区。小学生のころから顔見知りの佐野徳正さん(73)の歯を磨きながら笑顔で話し掛けた。「口の中がきれいになると、気持ちが良い」と佐野さん。
村本さんは黒川地区の隣にある下野地区で育った。住民は全員顔なじみ。3月まで地元の歯科医院に勤め、住民の歯の状況は「全部頭の中に入っている」。
4月16日の本震時は自宅アパートにいた。自宅は無事だったが、村内の実家は壁の一部などが崩れた。村本さんは両親らと車中で避難生活を送っていたが、地元の顔なじみのおじさんやおばさんの顔が頭に浮かんだ。「自分の知識を生かすのは今しかない」。本震から2日後、自宅にあった歯ブラシ30本を持って避難所へ向かった。
一時は歯ブラシなどのケア用品が枯渇したが、フェイスブック(FB)で支援を呼び掛けたところ、全国の歯科医や歯科衛生士らが段ボール箱30個分のケア用品を送ってくれた。今は仕事帰りや休日に黒川地区を訪れ、がれきの撤去などに汗を流す東海大学生に歯ブラシを配ったり、被災者に口腔ケアの指導をしたりしている。
「全国の人たちが熊本のために何かしようとしてくれている。まずは故郷にいる自分が動かないと」。そう話すと、歯ブラシなどでパンパンに膨らんだリュックを背負い直した。
=2016/05/22付 西日本新聞朝刊=