山崎俊彦著
『ただいま子育て中につき本日休診』 草思社
現役産婦人科医が、京都から帯広に移って夜間急病センターの医師となり、
自分の子どもを妻と二人だけで自宅で迎えます。
妻に3時間おきに桶谷式マッサージ、無農薬野菜作りから3度の食事、オムツ洗いまで、
3人の女児を育てた7年間の子育てエッセー。
著者は私より10歳年上なのですが、この時代に、兼業主夫として
家事育児をしていたとは、すごいなーと感心いたしました。それも京大医学部出身の先生が・・・・
京大らしいのかもしれません。
まえがきから、いたく感動させられました。
親が子供に望む「平凡な幸せ」とはどんなものなのだろうか。
それはたぶん、世界一の金持ちになることでもなければ、
ノーベル賞を取る学者になることでもないし、
オリンピックで優勝するスポーツマンになることでもないだろう。
一緒にいるとまわりを明るく幸せにする人になることであり、
ほのぼのとした心の温かさを持った人になることであり、
何よりも、生きていること、
人とともに助け合って生きて行くことが好きな人間になることではないだろうか。
私は医療の世界で、その対極にいる「悩める人々」をたくさん見てきて、
どうやらそうした「平凡な幸せ」にたどりつく方法があるらしいことに気づいた。
著者は、この<平凡>はありふれているという意味ではないという。
そして、「平凡な幸せ」に恵まれた子どもたちをどれだけ生み出していけるかに、
社会の未来はかかっていると語っている。
しかし、子どもが、親のペットのような存在になっているのではないかと感じる
親子に出会うことも珍しくない。
今の社会はこの「平凡な幸せ」を手に入れるのが困難だということだろう。
親自身も「平凡な幸せ」の意味がわからなくなっているのではないだろか。
きっと、ここで繰り広げられる<平凡な日々>を、幸せと感じることができる
人間が地球上で減少していると思う。
日本においては、絶滅危惧種に匹敵する存在でしょうね。
私はこの本を素晴らしい『育児書』として読みました。
これから親になろうとする方にも、是非読んで頂きたいと思います。
私たちは人生に赤ん坊を登場させるに当たって、
子供の基本的人権をできるかぎり守るということを自分たちに課していた。
赤ん坊というのは自分の意思でこの世に生まれてくるのではない。
そして、世話をしてやらなければすぐに死んでしまう。
赤ん坊は最弱者である。
子育てにおいては、最弱者である赤ん坊自身の人権と都合が、
親自身をふくめてまわりのどんな事情よりも
優先されるべきであると私たちは考えていた。
これこそが、子育て支援の基本だと思う。
このように子どもが大切にされない社会を、山崎氏は野蛮だという。
現代社会は、子どもにとっては非常に野蛮で生きにくい世界なのだろうと思う。
いいなーと思った所をちょっと紹介します。
★安全なお産は、すべて自然に任せる。
わからないときは何もせず、待つ!
★人間の子どもが世に出た瞬間に一番大切なことは、
言葉と匂いと肌のふれ合い。
母子ともにお互いの匂いを大切にするために、産湯を使わない。
★子どもの声や動き、表情になんの反応もしない機械では、子どもの心は育たない。
人間としての心を育てるために、
赤ん坊をたっぷりと反応する人間的な働きかけを一番大切にしたい。
★抱きくせをつけるために、できる限りだっこをして過ごす。
★オムツは何歳までに外すと書いてある本もあるようだし、
早くオムツが外れることが、さもすばらしいことであるかのように考えている人も
たくさんいるようだ。
そういう人はオムツのことしか頭になくて、子どもの心の問題にまでは
オツムがまわらないのであろう。
★主食は玄米と雑穀。
科学的に、医学的に、総合的に考えて。
このような著者が離乳食について書いている件を皆さんはどう感じるでしょうか?
★動物と同じようにしょうと考えて、カミさんが噛み砕いたものを
”のぞみ”に食べさせる。 したがって、離乳食といっても特別なものはない。
ここのところは、ニンマリして読みました。
母親から子どもに虫歯菌を感染させないための指導をしているDHさんが聞くと、
怒り心頭ものですね。
人間の子育てにとって、何がほんとに大切なのかを考え抜き、
その結果、なるべく自然に逆らわす、人間の身勝手な計らいを落として家族を営む。
これって、ナイチンゲールのコモンセンスですよね。
「平凡な幸せ」にたどりつく方法って、コモンセンスを磨き、
その感覚にいざなわれて生きることかもしれません。