§第二十六段
障害者専門の診療所でアルバイトしている。スタッフは大学病院小児歯科の医師2名とDH4名。DHが交代で受付を担当する。私は事務的な能力が並み外れていないので当番の日は非常に緊張する。だが、秘かな楽しみがある。それは診療風景を眺めながら患者さんとスタッフの会話を傍聴することだ。
ここでは歯科の話は思いのほか少ない。いろいろな悩みを涙ながらに語る患者さんや、写真持参で楽しかったことをていねいに教えてくれる患者さんもいる。
みんな10年、20年と通って来ているので気心が知れているということもあるが、通院間もない方も買物や映画などに出かけた話などをしてくれる。
今日は、24歳の忍ちゃんがお母さんをしゃべり続けている。単語をオウム返しにしか話せなかった忍ちゃんが堰を切ったように話し始めたのは22歳の時で、今では自分の意思も伝えられるようになったそうだ。
お母さんはもう一人の娘さんに、「お母さんが元気で生き生きしていることが忍ちゃんのためやから、もっと好きなことしてもいいよ」と励まされるという。あきらめることなく、子どもの力を信じて成長を見守ることの大切さを教えられた。
驚くべきはスタッフの話の引き出し方のうまさである。投げかける話題や患者さんとの応対など、時にはさらりと、時には熱く、タイミングといい実にすばらしい。
患者さんの想いはしっかりと受けとめつつ、押しつけることなく自分の意見も伝えている。長いキャリアやヘルスカウンセリングの勉強だけでは、この対応はできないだろう。
どんなに重い障害があっても、またひどい口腔内状態であっても、偏見なく相手を受け入れ認めることから関係がスタートする。
そして、今日まで生きてきたことを共に喜び、ここで出会えたことに感謝して仕事に従事している。一歩下がった所から見ているからこそ、私はスタッフの皆さんのやさしさを肌で感じる。
「楽ちんしててね、お鼻でスースーね、がんばらなくていいよ」。
診療所で一番よく聞こえてくる言葉だ。受付で見ていると、こちらまでゆったりと暖かい空気に包まれる。きっと患者さんたちは癒されているだろうな、と自己満足を感じつつ、実は私自身が一番癒されている。
このスタッフだから、こんなに長くDHの仕事を続けられたと感謝している。